商標権は、自社で販売する商品やサービスの名称を他人が使用することを禁止することで、自社ブランドのイメージを守るための権利です。そのため、以前の記事では、自社の商品やサービスの名称を他人が使えなくなるようにするためには商標権を取得した方が良いと解説いたしました。
もっとも、商標権は、実際に使っていないと、権利として保護される力が弱まります。
今回は、商標を使用していないことを理由に、商標登録の場面やその後に取り消されるのかについて解説します。
目次
1 使っていない商標は登録できない?
結論から言うと、出願の時点で実際に事業に使っていない商標であっても、登録を受けることはできます。ただし、近い将来に使うことになる蓋然性が必要とされています。
1-1 なぜ「使用」登録要件となっているのか
商標法3条1項柱書は、次のように述べ、「商標の使用」を登録要件としています。
(商標登録の要件)
第三条 自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については、次に掲げる商標を除き、商標登録を受けることができる。
(以下略)
商標権は、顧客に提供している商品やサービスの名称を独占的に使用できる権利です。商標権を有する者は、類似する名称で商品やサービスを提供している第三者に対して、商標の使用差止請求や損害賠償請求をすることができます。
このような強い権利を独占的に認めるのですから、実際に使用していない商標にまで商標権を成立させるのは不合理といえます。また、実際に使用していなければ、顧客が商品やサービスの提供元を誤認するおそれもなく、「その商品名はうちの会社のものだから使用を中止しろ」と第三者に差止請求する権利を認める実益もありません。
このようなことから、実際に使用していない商標を登録することはできないのです。
1-2 出願の時点では使用していなくても良い!?
商標法3条では「自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標」と記載してあるので、出願時点で実際に使用していることが要件とされているようにも思えます。
しかし、現実には、商標は出願から登録まで時間がかかるので、その間に商標を使った事業を一切することができないのは不合理です。
そのため、「自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標」には、出願時点で実際に使用している商標のほか、近い将来に使用する意思のある商標も含まれると解釈されています。
1-3 特許庁での手続はどうなるのか
特許庁は、商標登録の申請書を受け取ったら、その商品やサービスの名称が他人の登録商標と類似していないかなどを審査します。このときに、「本当にこの商品名は使われているのか?」ということも併せて審査されることになっています。
もっとも、前述のとおり、現時点では使用していないが近い将来に使用する予定である場合も、この要件をクリアできることになっています。そのため、特許庁での審査は、出願人が行うことを予定している事業を本当にできるのかどうか(許認可を受けられるか、法令で禁止されている事業ではないかなど)を審査することになります。
2 登録を受けた後に使っていなかったら?
登録審査を通ったあとに使用するのを止めてしまった場合にも、登録後、特許庁の審判により商標権が取り消されることがあります。これを「不使用取消審判」といいます(商標法50条1項)。
2-1 不使用取消審判とは
商標権者等が継続して3年以上、日本国内において、指定商品・役務について登録商標を使用していない場合、特許庁に対して不使用取消審判を請求することができます。この審判の請求は誰でもすることができます。
実務では、商標登録をしようとしたらすでに類似の商標が登録されていたが、その既存の登録商標がどうやら使用されていない場合に、不使用取消審判が請求されることが多いです。
「継続して3年」とありますが、商標権者がどこかから「不使用取消審判が請求されるらしい」と聞きつけ、慌てて商標を使用したような場合(「駆け込み使用」といいます)には、やはり商標を使用していないことと扱われます。商標法上は、審判の請求前3ヶ月から審判の請求の日までの間に、審判請求がされることを知ってなされた商標の使用は反論になりません、という旨が書いてあります(商標法50条3項)。
ただし、「正当な理由」があって商標を使用できなかった場合には、不使用ということにはなりません。例えば、地震等の不可抗力のため、第三者の故意または過失のためなどが挙げられます。
2-2 取消審判の手続はどうなっているのか?
審判請求がなされると、審判請求書(裁判の訴状のようなものです)が商標権者に送付されますので、商標権者は、これに対する反論書を提出することになります。この反論書では、「3年以内に商標を使用したこと」や「使用していないことについて正当な理由があること」を主張することになります。
2-3 取消審判に対する不服申立てはどうすれば良いか
不使用取消審判が特許庁で認容され、商標権を取り消すとの判断(審決)が出た場合、商標権者は、知財高裁に裁判を提起して、特許庁の審決の取消しを求めることができます(商標法63条1項)。逆に、商標権を取り消さないとの審決が出た場合には、第三者が知財高裁に訴訟提起することができます。
知財高裁での審理の結果、特許庁の判断が覆ることも一定数あり、商標を取り消したい側、取り消されたくない側のどちらも、特許庁での審判が終わった後も気が抜けない状態が続きます。
2-4 不使用取消審判への対策はどうすれば良いか
まず何よりも、その商標を事業に使用することが重要です。実際に使用していれば、競合他社に不使用取消審判を請求される可能性も減りますし、実際に使用していることの証拠も収集しやすくなります。
ただし、実際に使用するといっても、登録商標をアレンジ・変形したものを使用することにはリスクがあります。アレンジしたものは登録商標そのものではないので、外観・称呼・観念等から「社会通念上同一の商標ではない」と特許庁に判断され、登録商標は使用していないと認定される可能性があります。
商標を実際に使用していることについての証拠は、例えば、商品やサービスの広告、店舗の写真、取引先との納品書や請求書などがメジャーです。これらは、特許庁や知財高裁にも提出することになります。
このほか、商標使用の履歴も証拠と一緒にエクセルなどでまとめておくことも有効です。このように管理することで、証拠の一覧性があって見やすい上に、商標を使った事業戦略を立てるときにも便利なアイテムになります。
3 まとめ
今回は、商標を使用していない場合にどのようなことが起こるのかについて解説しました。
商標権は、実際に使用してはじめて会社の事業にとって有意義な権利となります。第三者から取消審判を請求されることの防止策にもなりますので、商標を取得した方は、積極的に商標を使用していくのが良いでしょう。