近年では、大規模公開オンライン講座(Massive Open Online Course:MOOC)といって、インターネット上で大学などの授業を配信するサービスの登録者数が世界中で非常に多くなってきています。上記のようなサービスが充実するのに伴い、資格取得のための講座や学校の授業を、インターネットを通じて気軽に受けたいという要望は、年々強くなってきています。
今回は、インターネット上で授業を配信するサービスにおいて、注意するべき著作権の問題について解説します。
なお、今回の記事では、事業者の方が私的な塾を設立し、会員登録した一般の方を対象に、インターネット上で授業の教科書や動画を、授業の収録時とは別のタイミングでオンデマンド配信するサービスを念頭においています。
目次
1 どの著作権が問題となるのか?
教材に使用する文章、図、写真等は、自ら作成したものでない限り、他人が著作権を有している可能性があります。そのため、著作権法により例外的に著作物を利用できるケースでないときは、著作権者の同意を得ずに無断で利用すると、著作権侵害になってしまいます。
今回念頭に置いているサービスでいえば、教材(教科書や動画)を作成するときに複製権、翻案権、口述権が問題となります。また、それをインターネット上で配信するときには、授業と並行してオンライン配信する場合や、収録した授業を後からオンデマンド配信する場合も、公衆送信権が問題となります。
なお、授業を配信する行為と公衆送信権との関係ですが、配信を受信する者が当該サービスの会員だけに限られるとしても、人数が多数の場合には、「公衆」への送信となりますので、公衆送信権侵害の問題になります(2条5項)。
2 著作権法で許容される教科書作成等
教科書を作成するときに複製行為や翻案行為を一切してはならないとすると、充実した内容の教科書を作成することはできません。そこで、著作権法は、学校等の教育機関での授業等に使用するなどの場合には、無断で著作物を複製等しても著作権侵害にはならないと規定しています。
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教育・試験のために許される利用態様
- ・教科用図書への記載(33条)
- ・教科用拡大図書等の作成のための複製等(33条の2)
- ・学校教育番組の放送等(34条)
- ・学校その他の教育機関における複製等(35条)
- ・試験問題としての複製等(36条)
教育活動や試験・検定などの内容を充実させるために、これらの例外的な規定(権利制限規定)があることから、いったん適法に作成された複製物の譲渡(CD-Rに焼いて販売するなど)も適法になります(47条の9)。しかし、教育・試験目的以外での譲渡の場合、原則どおり著作権侵害になります(49条)。
3 私的な塾のオンデマンド配信サービスの注意点
学校等の教育機関が、著作権法33条から36条の規定によって、教科書を作成したり授業で用いたりすることは適法になります。
では、私的な塾による、オンデマンド配信サービスにも、これらの規定は適用があるのでしょうか。
3-1 教科書の作成について
教科用図書を作成するときには、著作権法33条と33条の2によって、権利者に補償金を支払うことで、適法に著作物を複製することができます。
もっとも、教科用図書とは、「小学校、中学校、義務教育学校、高等学校又は中等教育学校その他これらに準ずる学校における教育」で用いられる教科書のことをいいます(33条1項)。そのため、私的な塾で用いる教科書は、教科用図書とは認められません。
したがって、私的な塾が教科書を作成する行為には、著作権法33条と33条の2の適用はありません。
また、教育を担当する者は、35条1項によって、著作物を複製できるとされています。ですが、「学校その他の教育機関(営利を目的として設置されているものを除く。)」における教育に限定されていますので、営利を目的とした私的な塾には適用はありません。
もっとも、私的な塾が教科書を作成するときには他人の著作物は一切利用できないというわけではありません。著作権法上の「引用」により、限られた範囲で利用することができます。
(引用)
第32条 公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。
2 (略)
引用の詳しい解説については、こちらの記事をご参照ください(他人の著作物を適法に「引用」する際のルール【弁護士が教えるEC運営者のためのIT著作権法対策④】。
なお、どこまでが引用として許容されるかについては、判断が非常に難しいため、基本的にはなんでもかんでも「引用」を使用すれば良いと考えるのは危険です。
3-2 授業動画の配信について
著作権法34条は、学校向けの放送番組については、他人の著作物を配信しても著作権侵害にならないと定めています。もっとも、この放送番組は、学校教育法等に定められている教育課程の基準に従ったものでなければなりません。
そのため、私的な塾の配信する授業は、「学校向けの放送番組」に含まれませんので、34条によって授業を適法に配信することはできません。
また、配信については35条2項にも規定がありますが、同項は①営利目的ではない教育機関による配信に限定されており、②配信の方法も同時配信(オンライン配信)に限定されています。
そのため、35条2項によっても、私的な塾が授業を異時配信(オンデマンド配信)することはできません。
3-3 私的な塾が授業配信サービスを適法に行うためには
以上解説したとおり、私的な塾が行う授業配信サービスに対しては、著作権法はほとんどケアをしていません。また、引用により適法に教材を作成することはできても、配信までは適法にはなりません。
そのため、私的な塾がこのようなサービスを適法に行うためには、配信する教科書や動画内で他人の著作物を利用することを避ける方が安全です。
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私的な塾が授業を配信する際の注意点
- ・教材や動画内の文章、図、写真等は、すべて自分で作成する
- ・著作権切れの著作物を利用するようにする
- ・他人の著作物を利用するときは、権利者の許諾を受ける
4 まとめ
今回は、私的な塾が授業を配信するビジネスの適法性について解説しました。
今年の著作権法の改正で、教育・試験目的のための著作物の利用についても検討はされましたが、塾による著作物の利用についての改正は見送られました。そのため、今後もしばらくは、上記のように、基本的には塾が自ら教材を作ることが必要になります。
今後もまだしばらくは改正の議論が続くところですので、授業配信サービスを提供する塾の事業者の方は、法改正の動向に注目です。