フリーランスと取引する際の独占禁止法上の注意点~優越的地位の濫用とは~

前回、前々回とIT関係の会社における雇用関係や一部の業務委託関係に対する規制についてご説明してきました。
今回は、業務委託関係における、下請法の他のもう一つの規制、「独占禁止法」についてです。

下請法の規制について詳しく知りたい方は、以下の記事もあわせてチェックしてみてください。
(前回、前々回の記事です。)

2018年2月15日、公正取委員会が、「人材と競争政策に関する検討会」報告書 を発表しました。
この報告書には、個人として働く、フリーランスなどの個人事業者の人たちとの関係でも、独占禁止法が適用されるべきであることが述べられています。

働き方改革がうたわれている中で、公正取引委員会としては、会社対個人事業者との関係でも、今後、独占禁止法の適用により、個人事業者を保護しようとしていくものと思われます。

そこで、今回は、独占禁止法の中でも「優越的地位の濫用」といわれる部分について、個人との間で独占禁止法が適用される場合のポイントを解説するとともに、独占禁止法に反した場合の効果についてご説明します。

1 優越的地位が認定されるポイント

独占禁止法2条9項5号
この法律において「不公正な取引方法」とは、次の各号のいずれかに該当する行為をいう。
5 自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、次のいずれかに該当する行為をすること。
(省略)
独占禁止法19条
事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない。

独占禁止法は、上記のように、「自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して」する各種の行為を禁じています。

公正取引委員会の発表している「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」によれば、「自己の取引上の地位が相手方に優越していること」(優越的地位)とは、以下のような場合を指すとされています。

一方当事者(B)にとって他方当事者(A)との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため、AがBにとって著しく不利益な要請等を行っても、Bがこれを受け入れざるを得ないような場合

あくまで、取引相手との関係で取引上の地位が優越していることが必要とされているにすぎず、市場において、優越した地位にあることは必ずしも必要ではないのです。

したがって、発注者Aが法人事業主であり、受注者Bが個人事業主であって、Aが市場において絶対的に優越した地位にあるとしても、AがBとの関係で必ずしも優越的地位にあるわけではありません。

優越的地位の認定に当たっては、以下の4つのポイントを考慮し、発注者Aと受注者Bの取引上の関係の中で、相対的にAがBに対して優越的な地位にあるかが問題となるのです。

  1. ・発注者Aとの取引に、受注者Bがどの程度依存しているか
  2. ・受注者Bが受注先を発注者Aから他の発注者に変更する可能性がどの程度あるか
  3. ・発注者Aが、市場においてどのよう地位を占めているか
  4. ・その他の受注者Bが発注者Aと取引する必要性

1-1 発注者Aとの取引に、受注者Bがどの程度依存しているか

BがAとの取引にどれだけ依存しているかというポイントは、一般的には、BのAとの取引における売上高がB全体の売上高に対してどの程度の割合を占めているかということが考慮されます。

受注者Bがフリーランスであるとすると、個人事業主である以上、その事業規模は相当小さいと思われます。
すると、フリーランスである受注者Bが一度に大量の発注者から仕事を受注することは困難であり、特定の発注者との取引が、必然的に大きな割合を占めることになり、依存度が高まるということも考えられるでしょう。

発注内容により、長期にわたって業務を行わなければならないような場合には、その期間、他の発注者の仕事を受けづらいという意味で、やはり依存度が高まる事情となります。
専属義務を課しているような場合には、当該発注者に対する依存度が100%となり、優越的地位が認められる可能性が高くなるでしょう。

他方で、フリーランスとしての経験が長いなど、経験から、多数の発注者から仕事を受けることができているといった事情は、依存度が低くなる要素となります。

1-2 受注者Bが取引先を発注者Aから他の発注者に変更する可能性がどの程度あるか

受注者Bが取引先を発注者Aから他の発注者に変更する可能性というポイントは、他の事業者との取引開始や取引拡大の可能性、Aとの取引に関連して行った投資等が考慮されるのが一般的です。

フリーランスの方を採用する場合には、事業者側とフリーランス側では、情報力・交渉力に大きな差があることが少なくありません。

交渉力に劣るということは、他の発注者との比較をするために必要な情報を得られなかったり、判断に必要な法的知識を有していなかったりするために、結局、特定の発注者との関係を維持してしまうおそれがあるという意味で、取引先変更の可能性が低くなってしまうといえるでしょう。

また、情報力に劣るということは、特定の発注者Aの他に、自らの技能を提供できる相手が、他に存在する情報を得られなかったりする場合には、やはり、取引先変更の可能性が低くなっているといえると考えられます。

さらに、フリーランスという個人事業主であるということ自体で、多数の発注者との取引が難しいという事情も、取引先変更の可能性を消極的に評価する要素となります。

1-3 発注者Aが、市場においてどのよう地位を占めているか

発注者Aが市場においてどのような地位を占めているかというポイントは、発注者Aの市場におけるシェアが大きいような場合に、発注者Aとの取引で受注者Bの取引数量や取引額の増加が見込めるために、発注者Aとの取引の必要性が高くなり、Aとの取引がなくなることが、Bに事業経営上の大きな支障をもたらすおそれがあるという意味で、「優越的地位」の認定に積極的な要素となります。

最初にご説明したとおり、発注者Aが市場において、絶対的優越性を持っていること自体は、「優越的地位」の認定に直接つながるものではありません。

しかし、Aが市場において絶対的優越性を有していることで、他の事業者が参入しづらくなり、Bにとって取引先を変更する可能性が低くなったり、Aとの取引に依存してしまったりするおそれがあるという意味で、他の要素の補助的な要素となるものです。

IT業界では日々、新しい分野が発見され、続々と新規事業に参入することも少なくないでしょう。
新しい分野の先駆けとなったような場合には、その分野における地位は相当高度であると思われます。
その際に、フリーランスの方を利用して初期コストを抑えようとすること自体はいいかもしれません。

しかし、そのような状況を利用して、後記の「優越的地位の濫用」と認められるような行為をすると、独禁法に反してしまうおそれがあります。

1-4 その他の受注者Bが発注者Aと取引する必要性

その他の受注者Bが発注者Aと取引する必要性のポイントは、Aとの取引の額、Aの今後の成長可能性、取引の対象となる商品又は役務を取り扱うことの重要性、Aと取引することによるBの信用の確保、AとBの事業規模の相違等が考慮されるのが一般的です。

2 規制される優越的地位の濫用行為

「自己の取引上の地位が相手方に優越していること」(優越的地位)という要件が認められるような場合、規制対象となりうる行為としては、以下の各行為が考えられます。

  1. ・発注を取り消したり、取引商品の受領を拒否したりすること
  2. ・一度受領した成果物を返品すること
  3. ・役務の提供等を受けた後に、役務の提供等をやり直させること
  4. ・対価の支払いを遅延すること
  5. ・取引の対価を減額すること
  6. ・対価を一方的に設定すること
  7. ・経済上の利益の提供を要請すること
  8. ・取引対象商品役務以外の商品役務を購入するよう要請すること

もっとも、これらの行為に該当すれば、直ちに独禁法に違反するものではありません。
これらの行為が「正常な商慣習に照らして不当」であることが要件となります。

「正常な商慣習に照らして不当」であるとは、「公正な競争を阻害すること」と解釈されています。

2-1 規制されるおそれのある具体的な行為

「発注を取り消したり、取引商品の受領を拒否したりすること」には、納期を一方的に延期する行為も含まれます。

システム開発等を委託していたにもかかわらず、完成したシステム等の成果物を、システムに瑕疵があるなど正当な理由もないのに、その受領を拒んだりすれば、受領拒否に該当してしまうおそれがあります。

「役務の提供等を受けた後に、役務の提供等をやり直させること」に該当する行為としては、一度納入したシステム等の成果物に関して、発注者から修正の指示を受けたことを理由に、元請けAが下請けBに対して、追加費用を負担せずに、Bに修正作業を行わせることなどが考えられます。

「対価を一方的に設定すること」には、発注者Aが、受注者Bから受けた役務や商品の対価を一方的に著しく低額に定める行為が典型例です。

新規にフリーランスと取引を始める際に、取引対象となる商品役務の需給関係や、他のフリーランスに対する対価設定と比べたときに、差別的な価格設定が一方的にされたかどうかを考慮して、合理的範囲で価格設定がされていないと判断される場合には、「一方的な価格設定」に該当するおそれがあります。

また納期が短い発注にもより、受注者Bの人件費等のコストが大幅に増加しているにもかかわらず、通常の発注と同一の対価を定めることも、実質的には、一方的に対価を著しく低額に定めることと変わりなく、「一方的な価格設定」として、独禁法の規制対象となりうるものです。

「経済上の利益の提供を要請すること」に該当する行為としては、システム開発などの何らかの知的財産権が生じうることを委託した場合に、納品時において、無償で、それらの知的財産権を発注者が取得することとしている場合などが考えられます。

2-2 公正な競争を阻害するおそれがあること

「優越的地位の濫用」が規制される場面において、「公正な競争を阻害するおそれ」とは、自由競争の基盤を侵害することであると解釈されています。
自由競争の基盤とは、取引主体が取引の諾否・取引条件について、自由で自主的に判断することによって取引が行われることをいいます。

前記の具体的な行為によって、自由競争の基盤が侵害されたか否かは、発注者が受注者に対し、不当な不利益や抑圧を加えているかどうかという点が考慮されます。

公正競争阻害性の判断のポイントは以下の2点です。

  1. ・取引条件等の内容が、取引の相手方に対してあらかじめ明確になっているかどうか
  2. ・取引条件等が、取引の相手方に対して不当な不利益を与えることになるか

当初の契約内容には含まれていないにもかかわらず、発注者Aが合理的な理由もないのに開発を委託していたシステムなどの受領を拒否する場合には(受領拒否)、受注者Bに半強制的に予期せぬ不利益を与えるものであり、発注者が受注者に不当な不利益を与えているといえます。

また、一定の場合に受領を拒絶できることが当初の契約内容に含まれ、明確な合意があるとしても、拒絶できる場合の理由として発注者の意思にかからしめるなど、合意の内容自体が合理的範囲を超えるような場合には、合意の際に取引打ち切りを示唆するなど、合意を余儀なくされたという事情が認められるとき、当該合意に基づく受領拒否は、受注者に不当な不利益を課すものとして例外的に優越的地位の濫用に当たると考えられます。

以上のように、明確な合意がないか、もしくは合意があっても、合意内容が不合理でその合意を余儀なくされたような場合には、受領拒絶以外の行為でも、同様に、発注者が受注者に対して不当な不利益や抑圧を加え自由競争の基盤を侵害していると評価されるおそれがあります。

3 優越的地位の濫用行為に対する法律上の規制等

以上で説明したような「優越的地位の濫用行為」に該当すると判断された場合、以下のような各措置がとられる可能性があります。

  1. 公正取引員会の関与
  2. 損害賠償請求・差止請求

また、下請法も、優越的地位の濫用行為と類似の行為を規制対象としています。
そこで、下請法との適用関係についてもご説明します。

3-1 公正取引委員会の関与

公正取引委員会は、「優越的地位の濫用行為」が疑われる場合には、審査手続を開始することになっています。

審査手続においては、公正取引委員会は、営業所等への立入検査権限や、調査に必要な書類の提出命令を発する権限を有しているほか、利害関係人へ報告命令を出す権限を有しています(独禁法47条2項、1項)。

そして、審査手続の結果、以下の2つの措置が取られることがあります。

  1. 排除措置命令
  2. 課徴金納付命令

排除措置命令は、審査の結果、優越的地位の濫用であると判断した行為を排除するために必要な行為を被疑事業者に対して命ずるものを言います(独禁法20条1項)。
排除措置命令の内容として、以下のようなものが考えられます。

  1. 違反行為の取りやめ
  2. 将来における同様の行為の禁止
  3. 関係者への周知措置
  4. 再発防止措置

このうち関係者への周知措置とは、排除命令に従い、公正取引委員会認定の違反事実を取りやめていること及び今後同様の違反行為をしないことを取締役会等で決議した旨を、違反行為の相手方などの取引先や自社の従業員に対して通知することを命ずることが一般的です。

課徴金納付命令は、継続して優越的地位の濫用行為があった場合に課されるものです。
「優越的地位の濫用行為」と認められる行為を始めた日からこれをやめる日までの期間(最大3年間)における当該行為の相手方との取引の売上又は購入額の1%に相当する課徴金の納付を命じられることになります。

審査手続の結果、排除措置命令等を出すのに十分な証拠を集めたり、事実の認定ができなかったりした場合でも、違反の疑いがあり、是正の必要があると認められる場合には、警告がされることがあります(公正取引委員会の審査に関する規則26条)

3-2 損害賠償請求・差止請求

独禁法違反行為に対して、独禁法違反行為の行為者は、以下の措置を、当該行為の相手方から請求されるおそれがあります。

  1. 損害賠償請求
  2. 違反行為の差し止め請求

損害賠償責任には、独禁法上の責任と民法上の責任があります。

独禁法上の損害賠償責任は、無過失責任となっており、独禁法違反行為と因果関係のある損害については、過失がなくてもこれを賠償しなければなりません。

また、民法上の不法行為に基づく損害賠償責任も要件を満たす限り、その責任を負うことになります。
独禁法上の損害賠償責任と不法行為に基づく損害賠償責任の相違点には、例えば以下のようなものがあります。

独禁法上の損害賠償責任 民法上の損害賠償責任
無過失責任 過失責任
公正取引委員会の確定した排除措置命令が訴訟要件となる 特別な訴訟要件はない
裁判所は、損害について、公正取引委員会に対して意見を求めることができる。 裁判所は、自らの事実認定で損害額を判断する

差止請求は、優越的地位の濫用行為を行っている場合には当該行為を停止することを、又は行うおそれがある場合にその予防を請求するものです。
差止請求については、公正取引委員会の排除措置命令の確定は必要とされていません。

3-3 下請法の規制との関係

独占禁止法2条9項5号の規定は、下請法の規制対象となる行為をも含む例を列挙しています。

下請法8条
私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和二十二年法律第五十四号)第二十条及び第二十条の六の規定は、公正取引委員会が前条第一項から第三項までの規定による勧告をした場合において、親事業者がその勧告に従つたときに限り、親事業者のその勧告に係る行為については、適用しない。

もっとも、上記のように、下請法に反する行為に対して、公正取引委員会の勧告があったとしても、その勧告に従った場合は、前期の排除措置命令や課徴金納付命令はしないことになっています。
したがって、理論上、独占禁止法の適用を先行させることはできるものの、事実上は、下請法の適用がある場合には、下請法が優先して適用されることになると考えられます。

まとめ

独禁法は、下請法の規制と重なり合いつつ、厳格な要件の下で、下請法の規制よりも、排除措置命令や課徴金納付命令などの高度の規制をかけています。

フリーランスの人たちに対して、対等な契約関係にあるという大前提を忘れて、優越的な立場を利用してフリーランスの人たちを害してしまうと、上で述べたような各種措置を受けるだけではありません。
そのような行為をしていることや、公正取引員会からの措置を受けたことなどによって評判を落とし、人材の確保が困難になり、かえって、会社の発展を阻害してしまうかもしれません。

フリーランスの人材を確保し、人件費を抑えるという判断も、経営戦略として否定されるべきものではないですが、最低限守らなければならないルールはあります。

IT事業者の皆様は、今一度、自社とフリーランスの方との関係がどのようなものになっているか確かめてみてはいかがでしょうか。
何も問題がなければいいですが、もし心当たりがあるようであれば、早急に改善すべきでしょう。

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弁護士法人ピクト法律事務所
担当弁護士飯岡謙太

担当者プロフィール

IT事業者の皆様は、一般的な取引トラブルに限らず、IT事業であるからこその特別の法的問題に直面することがあります。また、一口にEC・プラットフォームサイト運営といっても、インターネットを利用するが故に、実店舗販売とは異なる様々な規制に配慮する必要があります。これらの法的問題について、最善の予防策や、トラブルに対する適切なアドバイスをご提供いたします。


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