退職者が会社のプログラムを無断で持ち出した場合に起きるトラブルとは

 最近では、SEの転職率が高いと言われているため、プログラムと著作権の問題が生じる場面が多くなっています。今回は、①どのような場合にプログラムが著作物になるのか、②その著作者は誰か(会社はプログラムを使う権利があるのか)、③退職のときに問題になった事例について、解説します。

1 プログラムの著作物とは!?

 プログラムも、一定の要件を満たす場合には著作物に該当して、著作権法による保護を受けることになります。
 まず、著作権法の条文では、プログラム及びプログラムの著作物について、次のように規定されています。

(定義)
第2条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
(中略)
十の二 プログラム 電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したものをいう。

(著作物の例示)
第10条 この法律にいう著作物を例示すると、おおむね次のとおりである。
(中略)
 九 プログラムの著作物
3 第一項第九号に掲げる著作物に対するこの法律による保護は、その著作物を作成するために用いるプログラム言語、規約及び解法に及ばない。この場合において、これらの用語の意義は、次の各号に定めるところによる。
一 プログラム言語 プログラムを表現する手段としての文字その他の記号及びその体系をいう。
二 規約 特定のプログラムにおける前号のプログラム言語の用法についての特別の約束をいう。
三 解法 プログラムにおける電子計算機に対する指令の組合せの方法をいう。

 条文の記載はわかりにくいものとなっていますが、裁判例では、次のようにプログラムの著作物が定義されています。
 「プログラムに著作物性があるというためには、指令の表現自体、その指令の表現の組合せ、その表現順序からなるプログラム全体に選択の幅があり、かつ、それがありふれた表現ではなく、作成者の個性が表れたものである必要がある」(東京地方裁判所平成27年6月25日判決)。

 著作権法は、作成者の個性や創作性が発揮されている表現物に著作権を認める法律ですので、ありふれたプログラムは著作物とは認められないのです。

2 プログラムの著作者は誰!?

 原則として、実際に著作物の作成行為を行った人が著作者となります。しかし、会社の業務として著作物を作成した場合には、会社が著作者になることもあります。

2-1 職務著作とは?

 職務著作とは、会社の従業員が作成した著作物の著作者が会社になることをいいます。プログラムの著作物に職務著作が成立するための要件は、次のとおりです。

(職務上作成する著作物の著作者)
第15条
2 法人等の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成するプログラムの著作物の著作者は、その作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定めがない限り、その法人等とする。

 通常の場合、SEなどの従業員が会社でプログラムを作成した場合には上記の要件を満たすことになりますので、そのプログラムの著作者は会社ということになります。ただし、個別の契約書や就業規則などで「著作者はSE個人とする」と決められている場合には、例外的にSEが著作者となります。

2-2 SEが業務命令に基づかずに作成したプログラムの著作者は?

 会社からの業務命令なくSEが業務時間外に作成したプログラムが会社の業務に使用されるようになった場合にも、そのプログラムにも職務著作が成立する可能性があります。

 前述の職務著作の要件のうち、「法人等の発意に基づき」は、雇用関係や業務計画がある場合には具体的な指示がなくても発意があると認められます。また、そのSEの職務上、そのプログラムを作成することが予定・予期される場合には、「職務上作成」したものと評価されます。このように、職務著作の成立要件は広く解釈されており、会社が著作者となるケースは多いといえます。

2-3 会社はプログラムを自由に使えるのか?

 前述のとおり、多くの場合に職務著作が成立すると考えられますので、個別の契約等で定めていない限り、退職者が退職前に作成したプログラムを会社は自由に使えることが多いといえます。
 その結果、複製権や譲渡権だけでなく、同一性保持権や公表権などの著作者人格権についても会社が取得しますので、プログラムを使用するに際して退職者の同意は一切不要となります。

 これに対し、職務著作が成立しない場合には、退職者が著作者となります。個別の契約で著作権を会社に譲渡すると定めていれば複製などを行うことはできますが、著作者人格権は譲渡することができませんので、公表権や氏名表示権は退職者が持ったままということになり、いちいち退職者の同意を取らなければならず非常に不便な状態になってしまいます。

3 退職に関するトラブル事例

 職務著作が成立すれば、退職したSEは自分が作成したプログラムであっても会社の許可を取らなければ自ら使うことはできません。当然、転職先の会社で使うこともできません。
 この点に関し、退職に関連してトラブルになった事例を紹介します。

3-1 データの持ち出しをして刑事罰に処せられた事例

 別の会社を立ち上げるために退職した従業員が、新しい会社の商品とするためにプログラムの設計書、仕様書、説明書、回路図等の資料を持ち出したことが業務上横領罪(刑法253条)に該当するとの判決が出た事例があります(東京高裁昭和60年12月4日判決)。

 この事例では業務上横領罪となりましたが、資料を保管する権原がないのにデータをコピーして持ち出した(盗み出した)場合には背任罪(刑法247条)になる可能性もあります。

3-2 手ぶらで退職しても著作権侵害になる?

 退職の際にデータを持ち出さなくても、転職先で前の会社で作成したのと同じようなプログラムを作成した場合、著作権侵害になる可能性があります。

 東京地裁平成27年6月25日判決は、原告のプログラム(字幕製作用プログラム)と被告のプログラムが類似していないとして著作権侵害は否定されたのですが、その判決の中で裁判所は次のように類似性を判断しています。

    東京地裁平成27年6月25日判決

  1. ・字幕を映像に入れる基準ないし管理方法の違い、プログラム言語の違い(C++だけか、C++とC#の組合せか)、インポートとエクスポートの処理速度の違いという重要な相違点がある。
  2. ・被告が原告プログラムの定義ファイルデータを複製したことは、原告プログラムの元となった英語の字幕ソフトウェアとの互換性を持たせるための行為であって類似性の決め手とはならない。
  3. ・エクセルファイルの拡張子に関するエラーが同じであることは、同じ技術者が原告と被告で作業したためであると説明できることから、類似性の決め手とはならない。
    ・総合すると、被告プログラムが原告プログラムの表現形式上の本質的な特徴を直接感得することはできない。

 この判決では、原告のプログラムと被告のプログラムとの間にいくつかの共通点がありましたが、裁判所は、「重要な相違点」をピックアップし、同じ者が作業したことはあまり重要視せずに著作権侵害を否定しました。
 注意するべきなのは、この判決はあくまでこの事例についての判断であって、他の事例でも同じようにプログラム言語などの違いを重要視される保証はないということです。他の個別事情と相まって、同じ者が作業したことが類似性の決め手になる可能性もありうるのです。

4 まとめ

 今回は、退職者とプログラムの著作物に関連する問題を取り上げました。
 退職後のトラブルは、退職者との退職合意書などである程度カバーすることもできますが、その退職者の転職先の会社との関係では退職合意書の効力は及びませんので、著作権の問題として処理することになります。

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